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映画の感想と勉強日記

EU分裂の危機ーNHKドキュメンタリー感想

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NHKドキュメンタリー - 激動の世界をゆく「EU“分裂”の危機」

混乱を続けるEUに関するドキュメンタリー。NHK制作の2時間番組でかなり見応えがあった。

前半はBrexit

前半の1時間は、Brexitに揺れるイギリスが舞台。最近でも「合意なし離脱」の可能性が高まったことから連日報道されている。

離脱派と離脱反対派の対立は激しい。埋まる様子が全くない。このドキュメンタリーの中では、街頭で互いを罵り合う様子が映し出されている。今でもそうだが、離脱をしても相当な期間、対立は続きそうなのが見て取れる。

僕は離脱反対派の方が正当な主張をしているように思うが、このドキュメンタリーを見ていても、離脱派が支持を集めるのもよく分かる。直感的には納得してしまいそうな主張をしているからだ。

以下、ドキュメンタリーにあった離脱派の主張。

離脱派にとって、かつての偉大な大英帝国と比べて、現在のイギリスは「主権」を失った残念な国になっている。その主因であるEUから離脱をして、もう一度かつての偉大な国(=「主権」)を取り戻そうではないか。そもそもEUは経済成長をもたらさない。EUから離脱し、経済成長を続ける中国やブラジルのような国と独自に通商すれば良いではないか。離脱反対派は再投票を求めているが、国民投票は既に成されたのであり、結果は「離脱」であった。再投票は民主主義に反する。

だいたい、このような主張です。見ていても、なんかそれなりに説得されてしまいそうな説明だなと思った。

もちろん、離脱派が「取り戻す」と叫ぶ「主権」の意味はそもそも明確ではない。離脱派が言うような意味での「主権」は離脱しても取り戻せるかよく分からないものだ。

次の記事は、以前、もう一つのブログに書いたもの。ここで引用している、「主権」に関する遠藤乾さんの指摘は参考になります。(【メモ】欧州政治について - オランダ留学記とその後

また、経済成長についての意見もかなり怪しい。経済成長している国と貿易しようとしても、結局はイギリスと一番取引のある国はEUなのだから、EUとの「合意なき離脱」はイギリス経済に大打撃だろう。

ただ、一点だけ正当かなと思うのは、再投票についての意見。離脱派の言うように、再投票はやはり難しいのではないかと思う。国民投票を一度実施して出た結論なので、かなり重いと思う。もし仮にもう一度投票が行われたとしても、いずれにせよ僅差の結果が出るだろう。そうなると、また再々投票がどちらかの側から主張されるだろうし。また、離脱派は再投票をボイコットする可能性もあるだろうし、そうして投票率が低かった場合には投票の結果は正当性を持ちにくいだろう。

実際、英労働党の党首であるジェレミー・コービンも、再投票には慎重というか、はっきりと「無い」と考えているようだ。その結果、コービン以前の労働党の顔であったブレア元首相(第3の道)や、作家のJ.K.ローリング(ハリーポッター)から批判されているわけだが…。

もちろん、労働者階級が離脱に多く投票したこともあり、コービンは安易に再投票を主張できないということもあるようだが。何にせよ、労働党が一丸となって「再投票」を主張するには至っていないし、今後もなさそうだ。

でも、まさに今日のニュースで、Brexitについて労働党が新しい主張をしたというニュースが入ってきました。(Labour calls for vote in Commons on holding second referendum | Politics | The Guardian労働党全体としては、これはけっこう新たな動きです。労働党の提示する修正案を含めて、もう一度住民投票も考慮に入れるべき、という主張みたいです。

「Corbyn said: “Our amendment will allow MPs to vote on options to end this Brexit deadlock and prevent the chaos of a no-deal. It is time for Labour’s alternative plan to take centre stage, while keeping all options on the table, including the option of a public vote.”」

どうなるんでしょうか。

このドキュメンタリーでは、英領北アイルランドアイルランドの国境線の話も出てきた。「合意なき離脱」に陥った場合、心配されているのは、英領北アイルランドアイルランドとの間に行き来の困難な国境線が出現し、かつてのような混乱が再燃することである。混乱とは、80〜90年代のIRAによるテロ活動や、住民の暴徒化などである。

NHKの取材班が、実際に北アイルランド政治活動家たちに取材する場面が出てくる。IRAの流れを受けつぐ政治グループのミーティングの様子を見に行くのだが、話し合いの様子は撮影が許可されなかった。もの凄い緊張感。

北アイルランドの政治グループのリーダーは神妙な面持ちで「北アイルランドはイギリスに占領されているのだと分かりました」と話す。ここでも、やはり「主権」が問題にされている。つまり、北アイルランド解放を訴えるグループからすれば、まさに主権を脅かしているのはEUではなくイギリスなのだ。北アイルランドでは、ナショナリズムを巡る対立が錯綜しているのが分かる。いや、むしろ、もともとあったナショナリズムを巡る対立がBrexitを契機として表出してしまった、と言うべきか。

後半はイタリア

番組の後半1時間は、「移民問題」に揺れるイタリアが舞台。

「同盟」のマテオ・サルヴィーニ党首がなぜ、いかにして支持を拡大していったか。そして「五つ星運動」との連立内閣を組むに至ったか。極端な移民排斥や反EUの主張が、どのように人々の支持を獲得するに至ったのか。彼の足跡を訪ねながら、「普通の人々」に話を聞いていく。

特に衝撃的だったのが、かつては移民を支援する活動をしていたおじさんが、サルヴィーニへの支持を表明する場面。

そのおじさんが住む国境付近の街は、人口1万5000人ほどに対して、何千人もの移民や難民を受け入れる体制は全く整っていない。

その街では、空き地にテントを張って生活をする移民・難民が数多くいる。合法的に働くこともできず、医療も満足に受けられない状態だ。まさに八方塞がり。

そのおじさんは疲れ切った目をしながら、「子供を持つ親として、治療を受けていないような移民が街をうろついているのは心配だ。サルヴィーニならこの問題を解決できる。事実、新たに移民・難民は入ってこなくなった」という趣旨のことをカメラの前で淡々と語る。

この場面にはやはり衝撃を受けた。

移民排斥を声高に訴えるわけでは無い。それも、「スキンヘッド・サングラス・革ジャン」のような典型的な右派男性が主張するのでも無い。

かつては移民問題に高い関心を持って、支援活動に参加していた、家族を大切にする1人のイタリア人のおじさんが言っているのである。それなりに人の良さそうな「普通」のおっさんなのである。

しかも、そう主張せざるを得ないような「リアル」も感じる。実際にどこまで事実なのかは分からないが、治安や衛生状態の悪化はやはり明らかなように見えるのだ。

終盤、移民・難民たちのデモの様子が映し出される。人々は「同盟」のサルヴィーニを「レイシスト」として激しく非難していた。その非難もよく分かる。

ただ、やっぱり、さっきのおじさんはレイシストだとして非難しきれないようにも思った。そして、「同盟」を支持するような人々はそういう人々なのでは無いかとも思った。

これをヨーロッパの右派政党やトランプ支持者にまで広げられるかは分からないが。

少なくとも、イタリアの極右政党を支持するのは単に移民排斥論者というのではなくて、もっと微妙な、複雑な感情を抱えている人々だというのが分かった。もちろん単に移民排斥論者でレイシストも多いだろうが、それだけで切り捨てられない複雑さがあると思う。

そして、移民政策・包摂の失敗は、反移民・難民感情を人々の間に呼び起こしてしまうことも分かった。移民問題は、この先のイタリアや他のEU諸国をこれからもジワジワと苦しめていくのだろうと思う。とりあえず、5月にある欧州議会選挙の行方が気になる。

連携するヨーロッパ極右政党?

ところで、「同盟」のサルヴィーニはフランスの「国民連合」のマリーヌ・ルペン、オランダの「自由党」のウィルダースハンガリーのオルバン首相など…、他のヨーロッパの国々における極右政党の党首たちと連携しているらしい。反EUを一様に掲げながら、ヨーロッパ諸国の極右政党が連携してるのはかなり興味深いし、同時にかなり恐ろしい。(欧州の極右政党がドイツに集結。トランプ旋風が欧州にも吹くのか? | ハーバービジネスオンライン

オランダの政治事情とウィルダースについては、以前、もう1つのブログにまとめたこともあります。(オランダの政治について(1) - オランダ留学記とその後

ちなみに、次の記事によると、ヨーロッパの極右政党は「反EU」であっても「反ヨーロッパ」ではないという。なので、ヨーロッパ諸国の極右政党は連携できるということだろうか。(Pro-Europe and anti-EU? Reviewing the far right’s view of Europe | openDemocracy

次の記事では、2019年5月の欧州議会選挙では極右政党同士の連携などはあまり進まないのではないか、という予想がされている。むしろ、「反緊縮」を旗印に掲げた極左政党の台頭はあり得るのではないか、と。希望的観測に過ぎないのか、果たしてどうなのか。実際にどうなるかはまだ全然分かりませんが、現在のヨーロッパ各国の既成政党以外の動きは注目していきたいですね。(2018年の欧州を振り返ってーEU(欧州連合)&ヨーロッパ観察者の視点からー2019年への道(今井佐緒里) - 個人 - Yahoo!ニュース

ちなみに、今のヨーロッパ各国における右派政党はこんな感じ。

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「反移民」右翼、欧州を席巻 寛容な姿勢のスペインでも:朝日新聞デジタル

 

記事紹介

ヨーロッパ政治に関して、最後にいくつか記事紹介。

浅田彰(!)が2017年フランス大統領選挙について書いた記事はすごく勉強になるのでおススメです。(浅田彰「2017年フランス大統領選挙の後で」REALKYOTO

似たような視点から書かれた、小田中直樹の黄色いベスト(ジレ・ジョーヌ)に関する解説も参考になります。(フランスデモ、怒りの根底にある「庶民軽視・緊縮財政」の現代史(小田中 直樹) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)

最近、岩波新書から出た『フランス現代史』も読んでみないといけないですね。

フランス現代史 (岩波新書)

フランス現代史 (岩波新書)

 

山下ゆさんの書評記事も参考になります。(小田中直樹『フランス現代史』(岩波新書) 8点 : 山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期