英語学習
英語学習の早期化の必要性が叫ばれて久しい。小学校段階から英語を教えるだけでなく、近年はインターナショナルスクールを掲げる私立幼稚園や小学校も増加し、英語教育熱は高まるばかりであるように見える。「英語は早めに勉強させておいたほうがいい」という内容の広告を見るたび、やや疑問を感じつつも無視することができない。
では、なぜ英語を勉強するのか? どのようにすれば英語は上達するのか? 英語を勉強して良かったことは何か? こう聞かれて即答できる人はそれほど多くないだろう。オランダに英語留学し、現在は英語での論文執筆や学会発表を行う筆者の経験をもとに、これらの疑問を考えてみる。
英語の勉強歴
筆者が英語を勉強し始めたのは中学1年生である。基本的には学校教育を普通に受けてきたうえで、学習塾と予備校に通っていた。塾や予備校では英語の文法、長文の読み方を徹底的に叩き込まれた。中学生から高校生の頃はとにかく教科書やテキストの文章を音読した。「文章をまるごと暗唱できるまで読む」というシンプルな勉強法だった。センター試験(現在は大学入学共通テスト)は、200点中180点程度であった。
壁にぶち当たったのは大学1年生の時である。大阪大学に入学し、英語の上級クラスを受講すると、英語圏からの帰国子女が多かった。それまでスピーキングの勉強などしたことがなく、彼ら彼女らの話す華麗な英語に圧倒された。筆者のスピーキング能力を馬鹿にしたように笑った同級生も何人かいた。自分のスピーキング能力の無さが情けなく、恥ずかしい思いをしたのだった。
大学4年生になり、国際政治学のゼミを受講すると、英語での論説記事を読む課題が毎週あった。当初は四苦八苦したが、3人しかいない少人数のゼミで先生が丁寧に教えてくれたおかげで、英語のニュースはある程度読むことができるようになった。
大学生までの経験を振り返ると、高校生までに塾や予備校で英語の文法事項をきちんと勉強できたことは大きかった。近年、「英語の文法を勉強しても話せるようにならない」といった言説が力を持ちつつあり、「英語の文章を品詞分解してもダメ」「英語を英語のまま理解すべきだ」といった意見が優勢だ。しかし、筆者は、英語の文法を学ぶことは決定的に重要であると考える。中学生までに習う文法は会話でも頻出する。高校で学ぶ文法事項も英語の文章にはよく出てくる。
そもそも、日本語と英語には文法的な関連性がほとんどない。例えば、日本語と韓国語は文法体系が似ているので学びやすいが、日本語と英語は全く違う言語である。日本語との違いを認識しながら、英語の文法体系を基礎から学ぶことは決定的に重要だ。
例えば、「will」という単語一つでも、助動詞であれば「〜するだろう」という未来形の意味、名詞であれば「意志」といった意味になる。単語がどの位置にあるかによって意味が少しずつ異なるのだ。つまり、「何が主語で、動詞で、目的語で……」といった、一見すると古めかしい英文解釈の授業もやはり大切なのである。
もう一点述べておくと、最近の学生は辞書を引くことがめっきり少なくなっているようだ。電子辞書すら引かず、スマホやタブレットでネットの無料辞書を使う学生が多い。これはやめておいた方がよいと思う。ネットで無料で提供されている辞書は意味がきちんと書かれていなかったり、例文がお粗末だったりする。電子辞書で英和大辞典を引き、例文を確認するという作業は英語の勉強の基本である。できれば紙の辞書を使い、例文を細かくチェックするという癖は中学生か高校生の間に身に着けておいたほうがよい。何かと「コミュニケーション重視」の昨今の風潮からは「古いやり方」に見えるが、いくらデバイスが便利になっても、勉強の本質は変わっていないと思う。
その一方で、1992年生まれの筆者の世代では、高校生までにスピーキングの授業はほとんどなかった。英文法、英文解釈の授業ばかりだった。これはやはりアンバランスだろう。高校生までに英語でコミュニケーションを取る練習はしておいたほうがいいと思う。
苦労した留学時代
英語で本当に苦労したのは留学時代である。大学院生の時、オランダに1年間留学した。オランダの大学院の授業はすべて英語で行われていた。オランダは世界中から留学生を集めるため、英語だけで授業が完結するプログラムが充実しているのである。
オランダの大学院では、毎週、英語の学術書1〜2冊程度の購読課題(リーディング・アサインメント)が出され、それを読んで授業に参加しないといけなかった。英語圏の大学院では標準的な分量だが、それまで英語の学術文献を読み通したことのない筆者にとっては非常に大変だった。四苦八苦どころではなかった。深夜まで、いや、朝まで読んでも購読課題を読み終えられないのである。徹夜で読み通そうとしたが、限界が来て寝てしまい、授業に遅れた日もあった。絵に描いたような悪循環だった。
最初の半年はとにかく勉強に終われまくり、毎日が教室、図書館、寮の往復という生活だった。遊びに出かける日もあったが、休むのは日曜日だけ。基本は月曜日から土曜日まで、起きている時間はずっと勉強しているという生活だった。それでも一学期には一つの授業の単位を落としてしまった。その一方で、二学期にはなんとかペースを掴むことができ、英語でのレポート執筆やプレゼンテーションをこなすことができるようになった。英語会話にも慣れた。成長が実感できた1年間だった。
帰国後、TOEICの試験を受けてみると、910点を記録した。事前にTOEICのための勉強は全くせずに、大台の900点を超えた。ちなみに留学前は750点を少し超える程度。英語力は留学の1年間で飛躍的に伸びたと言える。就職活動でも「TOEIC900点超え」の威力は絶大だった。書類審査で落とされることはまずなかったし、ほとんど面接にまで進むことができた。TOEICのスコアが日本社会で重視されていることを実感した。
英語を勉強してよかったこと
では、結局、筆者自身は英語を勉強してきて何が良かったのだろうか?
まず、仕事に活きたことである。新聞記者として働いていた時代、英語でインタビューを行ったことが何度かある。日本語ではアクセスできない情報を得て記事を書いたことで、評価してもらえたことがあった。
研究者に転身し、英語で論文を書くようになった。筆者は普段は日本語で論文を書いているが、「これは」と思う内容は英語でも発信したいと思い、英語で書くことを目指してみた。
とはいえ、英語の論文を書こうとした時、いきなり机に向かったわけではない。まずは国際学会で研究発表をしようと考えた。2023年、北米を本拠地とするアジア学会(AAS)が韓国で国際会議を開くと聞き、何人かの研究者に声をかけて申し込んで、グループで発表を行った。
この国際会議では博士課程の学生や若手研究者向けにワークショップが開かれており、筆者も参加した。論文の書き方、学術雑誌の選び方、論文投稿の方法など、3人のベテラン研究者が実践的なノウハウを教えてくれた。ワークショップはすべて英語で行われた。非常に役立つ内容だった。
ワークショップに感化され、半年かけて1本の英語論文を書いてみた。ある雑誌に投稿すると、すぐにリジェクトされた。掲載不可という結果である。査読者による審査にも回されない「デスクリジェクト」だった。
査読とは匿名の審査員(査読者)による論文の審査を指し、査読者は「掲載可」「修正が必要。修正後に再審査」「掲載不可」といった判定を下す。学術誌の水準に合わない論文は査読にも回されず、編集委員会によって「デスクリジェクト」となる場合がある。
その雑誌は無理だとすぐに諦め、次の雑誌に投稿すると、数カ月後に査読結果が返ってきた。詳細な修正要求とともに、「期限までに再投稿してください」という返事が返ってきた。つまり、「掲載不可」になったのではなく、「継続審議」になったことを意味する。修正要求にきちんと応えたら、論文が掲載される可能性があるということだ。まだ論文が通過したわけではないが、「継続審議」になったことが嬉しく、必死に修正作業に取り組んだ。
2カ月程度の修正の末、再投稿し、さらにまた修正要求があり……というプロセスを3回程度繰り返し、最終的には査読を通過することができた。通過の知らせが来たときには本当に嬉しかった。最初の投稿から査読通過まで、1年半かかった。粘り強く審査を続けてくれた査読者、編集委員会の方々には感謝しかない。おかげで英語で研究成果を発信できる喜びを味わうことができた。
筆者は英語で勉強した経験がそのまま仕事に活きたわけだが、研究職なのでやや特殊ではあると思う。では、ビジネスの世界ではどうか。実際、TOEICのスコアと平均年収には相関関係があるというデータがある。
「日経転職版」の記事(【連載 その希望年収、適正ですか?】大卒年収調査2022年版 TOEICスコア編 499点以下と900点以上の年収差は50代で360万円差に!|日経転職版)によると、499点以下の平均年収は703.3万円、500~599点は734.4万円、600~699点は750.8万円、700~799点は805.4万円、800~899点は855.1万円、900~990点は903.7万円だったという。499点以下と900点以上では200万円の差が付いている。さらに、年代ごとのスコア別の平均年収の差(499点以下と900点以上の差)を見ると、20代は125.1万円差の1.31倍、30代は191.9万円差の1.32倍、40代は262.9万円差の1.35倍、50代が360.0万円差の1.39倍となったという。
このデータは「英語を勉強したら必ず年収がアップする」という因果関係は証明できないのだが、年収の高い外資系企業はTOEICのハイスコアが入社の条件になっていたり、TOEICのスコアが昇進条件になる企業があったりすることを考えると、やはり注目すべきデータだろう。
英語を使って海外で働けば、高い年収が得られるというデータもある。筆者は9月にハワイに行く機会があったが、現地で働く日本人が多いことに驚いた。日本人観光客が多いからこそ、日本語と英語に堪能な人材には需要があるのだ。
試しに年収を調べてみると、現地ホテルのゼネラルマネージャーで年収1100万円~1250万円、日本資本のラーメン屋の店舗マネージャーで年収800万円~1000万円という求人が見つかった。これはハワイでは珍しくない額のようだ。現地の日本人に聞くと、物価高と住宅価格高騰のため、1000万円以上もらっていても生活にはそこまで余裕はないとの話だったが、それでも日本での働き口より稼げるのは事実である。
英語を学んで本当によかったこと
ここまで英語は仕事やビジネスに活きる、お金を稼げるという側面を論じてきたが、それだけだと英語を勉強するモチベーションを維持することは難しい。人間は経済的な側面だけを重視して生きているわけではないからだ。では、中学生以来、20年以上英語を勉強してきて何が良かったのか。
青臭いことを言うが、英語を勉強して最も良かったのは、世界中に友人ができて、友人たちからたくさんのことを学んだことである。人生の中で苦しいとき、辛いとき、友人たちが支えになってくれた。友人たちの励ましの言葉はすべて英語だったが、英語だからこそ言葉を素直に受け止められた側面があった。これは本当に何物にも代えがたい。英語を勉強したおかげでたくさんの得難い経験ができた。
英語の勉強に苦労している受験生、TOEICのスコアアップに苦しむ社会人に伝えたい。英語の勉強はあなたの世界を必ず広げてくれるはずだ。英語はあなたを世界のどこにでも連れて行ってくれる。英語の勉強のモチベーション維持に悩む方にはそう声をかけてあげたいと思う。英語が一気にできるようになる魔法のような勉強法なんて、残念ながら存在しない。毎日少しずつ英語を勉強すれば、必ずあなたの血肉となっていくはず。そう信じてコツコツ勉強を続けてほしいと思う。
英語論文の出版決定、日本語論文の査読
英語論文の出版が決定した。来年の初旬に出せるはずだ。本当は今年の夏に出せたらよかったのだけど。これで英語論文は2本目となる。一本目は出身大学院の紀要だった。その論文は最近、全然知らない外国の研究者に引用されていた。嬉しかった。3回査読したから、かなりの力作だった。
二本目の論文は学会誌。いわゆる国際学術誌。この出版が決まったのはかなり大きい。自分のキャリアの中でもけっこうなブレークスルーになると思う。かなり厳しい査読だったが、とてもためになるコメントばかりいただけて、本当に勉強になった。
いま、日本語の論文を書き、割と名の通った社会学雑誌に出している。一回目の査読結果はボロボロで、やっぱり全然ダメじゃんと落ち込んだ。仕方がない。まだアーリーキャリアのジュニアスカラーだから、仕方ないのだ。
この雑誌は年に何回か締め切りが設けられており、次の査読に出すなら九月末とかになるが、それは間に合わないので、来年一月末締め切りに間に合うように修正する。
この前、久しぶりに大学院博士課程の進捗報告会で報告した。査読中の論文について発表。なかなか厳しいコメントも多かったが、とてもためになった。ありがたい。まだ博士号を取得していないので、全然ジュニアスカラーである。いろいろたくさん教えてほしい。


