Hooney Got His Pen

映画の感想と勉強日記

マミー Mammy

2014年、カナダ。グサヴィエ・ドラン監督。

 

『大人はわかってくれない』と、『カッコーの巣の上で』、『時計じかけのオレンジ』をかじりながら、『ライ麦畑でつかまえて』って感じの映画でした。
↑上の作品群が好きな方には引っかかると思います。

架空のカナダという設定。ある法案が通り、精神的に問題のある子供を持つ親は一方的に親権を放棄できる。だけど、これは果たしてそんなにSF設定なのだろうか?

母親であることは難しいし、何より家族であり続けることはそもそも困難すぎる。手に負えない子供を持ってしまったら?親が痴呆症になったら?兄弟の世話を焼かないといけない状況になったら?そんな状況に置かれた人は、果たして自分の人生を生きることができるのだろうか。

もしこれらの問題を解決しようとすれば答えは単純。ケアを社会化するしかないだろう。つまり行政が責任を持って対象する。個人には責任を負わせないということだ。具体的には老人ホームを運営するとかでもいいし、そのような施設を充実させることだろう。

その視点でこの映画を見直すと、果たしてあの施設・法案はそんなに非人間的なものだろうか?個人に責任を負わせ、その人の人生を台無しにしてしまう方がひどいのではないか。

ただ、この映画の秀逸なのは、やはりそのような世界はどうしようもなく窮屈で気持ち悪いように感じる。スティーブの発言はどうしようもなく切なくて心を撃つ。

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おおかみこどもの雨と雪(2012年、細田守監督)

【映画短評】

この映画は寓話である。「おおかみ人間」という設定は、社会の中でマイノリティーであることを象徴している。

 

僕は、途中から息苦しくなってうまく見れなかった。けっこうエグい話だとおもう。こんな映画が広く受け入れられたというのは正直、すこし驚いた。手放しに感動!とはならない。

 

一応言っておくが、「おおかみ人間」を受け入れない社会が悪い。

クライマックスで、雪の理解者(人間)がやっと、ひとりだけ現れる。雪は泣くほど嬉しくなっているが、受け入れられただけで泣かせてはだめなのだ。「ケモノ臭い」などと言われ、それまでどれほど辛かったのだろうか。

人間の姿をしていても、たまにおおかみの姿をしていても、誰にも咎められない(間違っても、ゴミ回収車に遺体を持って行かれない!)社会。アニメであれば、そういう理想的な社会を描いてくれてもよかったんじゃないかな。ちょっと辛すぎる。何も解決してないから。


河童のクゥと夏休み』を観た時にも思ったけど、「全くのフィクション要素は一部だけで他は全てリアルな描写」という映画をアニメでやるというのは斬新だし、凄いとはおもう。でも、ちょっと辛すぎる…。救いがもうちょっとほしいし、これならハッピーなだけのアニメを観たいとか思ってしまった…。

Utada Hikaru's comments about 「忘却 featuring KOHH」

The new song by Utada Hikaru and KOHH is very popolar on Youtube

Here, I translated the Hikaru Utada's interview into English (Please forgive my poor English). 

 

Utada: “About KOHH, my friend taught me a while ago and I became a fan.

At the beginning, this song was intended as just an instrumental. When the suggestion that how to put a lap came out, I(=Utada) told director that "There is a person called KOHH." Then he (=the director) answered "Oh that is nice!” After approaching KOHH, it turned out that we were actually fans of each other. He decided to join us.

First I made my part and told him about my ideas about "oblivion(=忘却、the title of this song)" and "memory". He responded with my own words with spending several days.

It was my first time to mix my words with other people, so I thought “What would it be like?” But we naturally met in the middle of us.

I like a long rap part, so I left the first one minute to him. When we got lost, I told him "this way", and we were together checking with a feeling like "It's okay". As the last organ was his proposal, it became an image like I was called to heaven. So did it become a requiem?

To think about a way of living is like to think about death. I looked back on my life and thought about the way I am heading from now. Everything is condensed into the last line, "When I someday die, empty-handed would be best ".”

 

KOHH:"No comment. First of all, please listen to the song."

 

↓Here, you can find the original version of her interview in Japanese.

 

 

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